story04-01 of フタガミ家づくり STORY

命懸けで「年季奉公」の時代 先達の技盗み、腕磨く
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 この物語の第2章で、大工一筋四十年の棟梁を紹介したが、フタガミの家づくりの現場は、大工さんはもちろん、左官さん、板金屋さん、タイル屋さん‥と、あらゆる工程が地元高知のベテラン職人に支えられている。第4章では、その中でもベテラン中のベテラン、タイル職人の西岡笹雄さん(72)にスポットを当てたい。
 西岡さんは、秋葉祭りで有名な仁淀川町(旧仁淀村別枝)の生まれ。実家は農家で、八人兄妹の四男だった。中学卒業後は、「手に職をつける以外に道はなかった。それがどこの家でも当たり前でした」という時代。今は廃校になっている仁淀村立別枝中学校を一緒に卒業した同級生は五十人ほどもいたそうだが、「高校に行ったのは四、五人ばあじゃなかったですかねえ。」と振り返る。
 タイル職人を目指したのは、偶然とも運命ともいえそうだ。中学卒業を間近に控えたころ、たまたま、高知市内から、タイルと左官専門の「坂本組」の職人さんたちが別枝中学の近くの家に仕事にやってきた。作業はしばらくの間続き、毎日、学校の行き帰りに、いい色に日焼けしたタイル職人さんたちが汗水垂らして働く姿を見る度、西岡少年の中で、「かっこいいなあ」という、憧れにも似た気持ちが膨れ上がった。一方、「坂本組」の方でも、純朴な山の少年たちに囲まれて仕事をするうち、「ここの子どもやったら(雇っても)間違いないろう。」という話になり、あれよあれよという間に、西岡さんともう一人の少年二人が「年季奉公」に行くことが決まったのだ。
 当時の「坂本組」は常時二十人の職人を抱え、タイルを扱う工務店としては高知市内で最も大きい勤め口だった。そこへ、中学を卒業したばかりの十五歳の西岡少年は、同期の四人と一緒にボストンバッグ一つ持って弟子入りした。
 「三畳の部屋で二人が寝起きしてねえ。朝起きたらまずトイレ掃除から始めて、夜も九時ごろまでは残業。休みは第一と第三日曜に休めるか、休めんか。最初の一年はもちろ  ん道具には触らしてももらえん。兄弟子の仕事を見て、どういうふうにやるか、全部覚えんといかん。まさに、人の技を盗む、ということよねえ。毎日、人の技を盗みもって、ちっとずつやれることを増やしていかないかざった。まあ、こき使われたわねえ。」
 もっとも、そんな厳しい毎日もちっとも苦ではなかったようだ。西岡さんの口からは何度も「それが当たり前の時代やったき」という言葉が出るが、話を聞くほどに、西岡さんにとってタイル職人という仕事はまさに天職であり、年季奉公も苦にならないほど、仕事を身につけるのが面白くてたまらなかったのだろうことが伝わってくる。
 その、ちょうど年季奉公中だった西岡さんが十七、十八歳のころ手掛けた、初めてといってよい仕事で、しかも長い職人生活の中でもいちばん大きな仕事を、今もそのまま見ることができる現場があるというので連れて行ってもらった。