story04-06 of フタガミ家づくり STORY

終の住処も自身の手で こだわりのタイルを全面に
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 タイル職人となるため十五歳で年季奉公に行き、御礼奉公の期間も含めて二十二歳まで厳しい修行を積みながら、一流の腕を磨いた西岡笹雄さん。その西岡さんとフタガミとのつながりは、西岡さんが奉公を終え、タイル職人として独り立ちし、後に大手の「四国伊奈建工」に移った昭和五十一年ごろに始まったようだ。
 当初はもちろん、職人としてもフタガミの家づくりに携わり、フタガミ創業者の故・二神十郎会長にも「うんとようしてもろうた」と懐かしむ。もっともその後は、自身が現場に出るよりは、部下の職人をその時々の現場に割り当てる“段取り”の役目をすることが多かったようだ。
 ただ、タイルや左官や板金にしてもそうだが、職人が、家づくりの現場で、御施主さんと直接やり取りすることはあまりない。どこにどのタイルを貼るか、にしてもフタガミの社員でもある設計士が御施主さんと相談し、カタログを見て決めるのが一般的。それでも、現場によっては、タイルを貼る作業中に御施主さんと仲良くなり、「やっぱり、そこはこんな風に変えてもらえんろうか?」などと直接職人さんが頼まれることも。そんなときは、現場の職人が上手に機点を働かせて御施主さんの要望に応えることができるよう、西岡さんがフタガミとの間に立って上手に話をつけた。
 中には、二十数年前にフタガミで家を建てたとき、「もう工事に入っちょったのに、タイル屋さんに無理言うて、私が思う通りの玄関にしてもろうたのがいちばん嬉しかったですね。」と振り返る御施主さんも。そんなふうに、フタガミが御施主さんに喜んでもらえる家づくりを続けることができているのにも西岡さんの果たした役割は大きい。一方、西岡さんは「フタガミさんから請け合うた仕事はとにかくやりやすかった。長年の付き合いで、社員さんはじめ、大工さん、板金屋さん、電気屋さん‥と全部の職人さんが分かっちゅう。あちこちの工務店の仕事をやらしてもろうたけんど、いちばん安心して仕事ができましたから。」と、フタガミにとってはとても嬉しい言葉を口にする。両者の間には、しっかりとした信頼関係が土台にあることがよく分かった。
 その西岡さん、60歳で会社をいったん退職した後、再び職人として現場に戻った。「そりゃ事務所であれこれ采配するよりは、ずっと現場が面白い。性に合うちゅう。まっこと手に職を持っちょったら、なんぼでも働けますから」と、ここでも“手に職”を付けることの重要性を強調する。 「今は職人も年代がものすごい上がって、若いもんはぜんぜんおらんなりましたがねえ。まあ、なかなか今のご時世じゃあ下請けではその日の日当を稼ぐのも大変な上に、キツい、汚い、危険、の3K職場ですし。それに今の若いしはお金よりも『休みはいつもらえますか?』とくる。けんど職人の休みいうたら盆と正月ぐらいですき。まあ致し方ないですが、このままではまともな職人が育たんなるがやないろうか、と心配しますねえ。」そうつぶやく昔ながらの職人の顔は少し曇っているように見えた。昔も今もこれからも、家づくりを支えるのは職人。その未来はこれからどこへ向かうのだろう‥。
 そうは言っても、時の流れはとめられない。西岡さんは一昨年、70歳を迎えたのを機に長い職人生活を終えた。高知では、おそらく、最後の筋金入りのタイル職人の1人だったと言ってもよいだろう。